組織移植の可能性を広げるUpCell®

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 特任講師
岩田 隆紀 氏
Takanori Iwata, DDS, Ph.D.

培養した細胞を細胞間接着を壊さずいかに高い効率で組織に定着させるかは、再生医療の技術で重要な要素の1つだ。

株式会社セルシード(以下、セルシード)が提供するUpCell®は、細胞をシート状で取り出して患部に貼り付ける、「細胞シート工学」によってこの課題を克服した。再生医療研究を国内で牽引する東京女子医科大学で、歯根膜シートを利用した歯周病治療に取組む岩田隆紀氏の研究から、細胞シート工学の有効性が見えてきた。

歯根膜を利用した再生医療研究

再生医療研究の現場では、骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞など様々な細胞への分化が示唆さ れている間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell : MSC)と、それ以外の分化能を有する細胞を利用した臨床計画が進行している。

ヒト幹細胞臨床実施計画を審議する厚生科学審議会 科学技術部会のホームページでは、MSC、末梢血単核球細胞、口腔上皮細胞などを利用した22件の申請(複数機関での実施は1つの申請とした)が公表されている※1。

岩田氏が再生医療に用いる細胞として注目するのは、歯根膜組織だ。

この組織は歯とそれを支える顎の骨(その部分を歯槽骨と呼ぶ)の間に存在し、歯周組織への栄養補給などを担うとされる。歯根膜組織には多能性を示す幹細胞が存在することが既に報告されており、注目される組織の1つだ。岩田氏の研究室ではこの性質を利用し、歯周病などで失われた歯周組織の再生を実現する研究が進められている。

組織移植に強さを発揮する 細胞シート工学との出会い

大学院時代から歯周組織の再生に関わる生化学・細胞生物学を学んできた岩田氏が細胞シート工学を利用し始めたのは、2007年。この技術のメッカである東京女子医大に異動してき た時からだ。

「イヌの歯根膜シートを作製した時は、移植する細胞の量を増やしたかったということもあり、シートを3層にしました」という言葉通り、歯根膜シートはきれいに3層を成す※2(図1 A)。

シート状で細胞の回収が可能なため、患部に移植した時の拡散の心配が無いことに加えて、 定着させるためのスキャフォールドを必要としない。細胞間接着を保持し、マトリックスリッチな状態で移植することが出来る点が歯根膜細胞シートの強みだと岩田氏は指摘する。

図1 歯根膜由来培養細胞の細胞シートを利用した歯周欠損の治療

A:治療に用いた細胞シートの断面図。UpCell®を利用することできれいな3層のシートができている。 B:歯周欠損治療のモデル図。欠損させた部位に細胞シート、シートを保護するためのポリグリコール酸不織布(PGA)とβ-TCPを埋め込む。C, D:図中の点線の囲み部分に注目すると、コントロール(C)と歯根膜シートを利用した場合(D)では、後者で歯周欠損部位での顕著な治癒がみられることが分かる(試薬により歯・骨が赤く染色される)。

細胞シート工学をサポートするUpCell®UpCell®/RepCell®専用ThermoPlate

この研究を強力にサポートしているのが、UpCell®だ。細胞シート工学の要である温度感受性ポリマー(PIPAAm)を、セルシード独自の技術によって容器の底面に定着させたのがこの製品だ。

32℃よりも高い温度では疎水性、低い温度では親水性となるため、37℃では(ヒトの)培養細胞を底面に定着させて培養できる。容器 からはがす時は、温度を20〜25℃に下げて静置するだけで良い。トリプシンなどの酵素処理も 必要ないため、細胞間の接着は保持され、細胞外マトリックスも維持される(図2 A)。底面の細胞外マトリックスが糊の役割を果たし、短時間での患部への生着を可能にしている。歯根膜シートではこの特性が存分に発揮されているわけだ。

さらに、新しく発売されたUpCell®/RepCell®専 用ThermoPlateが細胞シート作製をより効率化する。

「ヒト歯根膜シート作製には14日間の培養が必要ですが、その間3日おきに培地交換を行います。その際、この製品のおかげで37℃に 保ったままの培地交換が可能になりました。また、UpCell®/RepCell®専用ThermoPlateを2枚用いて、サンドイッチのようにUpCell®を上下から挟み込むと、UpCell®の蓋が曇らないので、観察の際に非常に役立っています」。

図2 UpCell®UpCell®/RepCell®専用ThermoPlate

A:UpCell®は従来の培養皿と異なり、37℃から20〜25℃に温度を下げるだけで、容器に付着した培養組織を回収できる。細胞外マトリックスを壊さずに回収できるため、移植に強さを発揮する。 B:UpCell®/RepCell®専用ThermoPlateの保温効果。UpCell®UpCell®/RepCell®専用ThermoPlate(上段)と金属板(下段)に乗せ、5分後のUpCell®の温度を調べたところ、UpCell®/RepCell®専用ThermoPlateでは有意な保温効果が観察された。 C:UpCell®/RepCell®専用ThermoPlateを利用した培地交換。ベンチ内での取り扱いが容易なだけでなく、温度調節ができる透明なガラス板を利用しているため、そのまま顕微鏡観察を行うこともできる。

いざヒト臨床へ

技術面での環境も整い、臨床応用へ向けた素地は固まりつつある。人工的に歯槽骨を削っ て歯周欠損を起こした状態のイヌを使った前臨床試験は、既に一定の成果を見せている。

骨補填剤であるβ-TCP(β-リン酸三カルシウム)の みのコントロールと、β-TCPと歯根膜シートを合わせたもので歯周欠損の回復について比較を行った。すると、後者でのみ完全に歯周欠損が 回復していることが観察されたのだ※2(図1)。さ らに、この人工的な歯周欠損で失われた歯の周りのセメント質、歯根膜だけでなく、歯槽骨といったすべての歯周組織の再生が見られた。つまり、骨を作るのにもこの薄い細胞シートが役立っているのだ。

「2011年中に患者さんに対する臨床研究を開始する予定です」と、辞典程の分厚い臨床試験の申請書類を見せながら、今後について説明してくれた。

細胞移植の場合にはがん化の危険性も1つの争点になるが、この点に関してはすでに安全性を確認している※3。インタビュー後の2011年1月4日、厚生労働大臣の承認が下り、いよいよ臨床が本格化する。今後2年間で10症例が目標だ。

再生医療の現場では、様々な疾患で臨床研究が始まっている。その裏に隠れて見えないが、 細胞シート工学のような新しいコンセプトの技術がその後押しをしている。臨床研究での成功事例は、技術の信頼性獲得に大きく寄与し、それは患者の笑顔に直結することとなる。今後の研究成果に大きな期待を寄せたい。

ご感想や次回インタビューして欲しい先生のご希望がございましたら、こちらからご連絡ください。

なお、このインタビューは株式会社リバネスにより行われ、BioGarage 08に掲載されました。

岩田 隆紀

佐伯 久美子 室長

プロフィール

2002年東京医科歯科大学大学院修了。歯学博士。東京医科歯科大学歯学部付属病院医員、ミシガン大学研究員、東京女子医科大学特任助教を 経て、2010 年より同大学特任講師。 大学院時代より歯根膜に関わる研究に従事する。

参考文献

※ 1 厚生労働省ホームページ 「再生医療について」
(http://www.mhlw.go.jp/ bunya/kenkou/iryousaisei.html)より

※ 2 Iwata, T. et al. (2009). Periodontal regeneration with mult i-layered periodontal ligamentderived cell sheets in a canine model. Biomaterials. 30, 2716-2723.

※ 3 Washio, K. et al. (2010). Assessment of cell sheets derived from human periodontal ligament cells:a pre-clinical study. Cell Tissue Res. 341, 397-404.